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札幌高等裁判所函館支部 昭和24年(を)153号 判決 1949年2月09日

被告人

佐孝正

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年に処する。

ただしこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

理由

弁護人土家健太郞の控訴趣意第一点は、原判決は審判を求めざる事実につき判決したる違法がある。即ち起訴状第九項に依れば「被告人は昭和二十四年一月九日頃函館市松風町十七番地須藤善作方に於て同人所有の衣類等二十五点を窃取し」と被告人が衣類二十五点を窃取したる事実につき審判を求め居るに拘らず原判決は衣類等三十点を窃取したりと認定し結局起訴せざる事実につき判決をした違法がある。というのである。

記録によると、起訴状の公訴状の公訴事実第九には、被告人は同月九日同市同町十七番地須藤善作方より同人所有の衣類等二十五点を窃取した、との記載があり、原判決の罪となるべき事実第九には、被告人は同月九日頃同町十七番地須藤善作方で同人所有の衣類等三十点を窃取した、との記載があるので、一見すると原判決は所論のように審判の請求を受けない事件について判決したかのように受け取られないでもないが、然し記録を精査すると、起訴状記載の右事実及び原判決記載の罪となるべき右事実はいづれも被告人の檢察官の面前に於ける供述を録取した調書中の同人の供述記載、須藤善作作成の盜難始末書(記録第三十六丁)の記載等がその基礎をなしていることが明らかである。而して右始末書には、盜難物件を列挙した後にその合計は二十三点である旨の記載があるのであるが、本件を起訴した檢察官はこの三の字がいささか不正確に書かれているので之を五と見誤つて前記のように衣類等二十五点を窃取した旨起訴状に記載したものと推認せられ、又右始末書中には、家庭用塩購入劵三枚、衣料切符(新旧)六枚の各記載があつてこの記載者は右三枚及び六枚をそれぞれ一括し各一点として計算し、被害物件を合計二十三点となしたことがその記載全体により明らかであるが、原裁判所は右三枚及び六枚をそれぞれ細分して三点及び六点として計算したため、原判決記載のように被害物件が合計三十点となつたものであることが認められる。即ち起訴状は誤記のため被害物件を二十五点と記載し、原判決は計算方法の相違のため之を三十点と記載したのであつて、結局はいづれも前記盜難始末書記載の盜難物件全部を指していて、実質的にはその間に少しのくいちがいも存在しないことが認められるから、原判決には審判の請求を受けない事件について判決をした違法はない。從つて論旨は理由がない。

なお職権を以て調査すると、原判決は押收してある三菱製二分の一馬力モーター一台(昭和二十四年函館区檢第六十号の一)は本件犯罪の賍物で被害者に還付すべき理由が明らかであるとして、刑事訴訟法第三百四十七條を適用した上主文において之を被害者に還付する旨宣告した。然し被害者に還付する言渡をなす物件は裁判所に押收せられたものでなければならないのであつて、新刑事訴訟法は起訴前の搜査官のなす訴訟手続と起訴後の裁判所のなす訴訟手続とを判然と区別し、搜査官が押收し又は任意に領置したものであつても、裁判所が公判廷において之につき証拠調をなした上、搜査官により押收されているものは之を領置し、押收されていないものは之を押收することによつて、初めて裁判所が押收したことになり、刑事訴訟法第三百四十七條に所謂押收したものとして判決において還付の言渡をなすべきこととなるのであつて、その然らざるものについては還付の言渡をなし得ないのである。本件は原裁判所は第一回公判期日に司法警察員西村勇作成の、三菱製二分の一馬力モーター一台を函館市鶴岡町六番地の一大沢初太郞が任意提出したのを証拠品として領置した旨の記載がある領置調書について証拠調をした後之を記録に添附しただけで、右モーター自体について証拠調をして之を領置又は押收した形跡が認められない。從つて原裁判所は右モーターを押收しているとはいえないのであるから、之について被害者に還付する言渡はできないのに、その言渡をした原判決は法令の適用に誤があつて、その誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点に於ても原判決を破棄しなければならない。

以下省略

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